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鉄道写真雑記帳-6
- 国鉄・JR・私鉄・専用線・海外 -

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【No001-030】
鉄道写真雑記帳-1
【No031-060】鉄道写真雑記帳-2
【No061-090】鉄道写真雑記帳-3
【No091-120】鉄道写真雑記帳-4

【No121-150】鉄道写真雑記帳-5

 鉄道写真雑記帳もNo151となりましたので6ページ目に移行しましたが、2026年は私にとって還暦を迎える年であり、ようやく自由に人生を楽しめるゴール(仕事の責任から解放される)時が近づいてくるのが実感できるところまできました。
 今年の9月に鉄道写真歴が55年(鉄道写真ファーストカットは1971年9月に近所で撮影したD51-885)に達し、撮影した膨大なネガのうちモノクロネガは80%程度デジタル化が完了しておりますが、退色著しいカラーは補正をしながらデジタル化する必要があるので、退職後の余暇でしっかりリマスター化したいと思います。よって、この6ページ目もモノクロ主体の写真になりますが、これまでどおり、思いつき、何かのタイミング、関連など管理人独断セレクトコーナーであるのは変わりありませんので、引き続きよろしくお願いします。
 それでは何が飛び出すか分からない鉄道写真雑記帳の第六幕ここに開幕します。

【日記-2】愛知機関区DF200撮影日記-2(2023.3/19〜新規撮影中) update2026.5/30
【日記-1】愛知機関区DF200撮影日記-1(2022.3/12〜2023.3/15)

【新企画】愛知機関区DF200撮影ガイド(DF200版)随時作成中

【特別版】DF200重連8075レ全機コンプリートBOX
【お勧め】追憶Gallery(懐かしの写真が満載!)


No-159 半重連形のDD51 PART-6(560-579号機)
Jul.1986 北上機関区 DD51-561と後方569(共に半重連形) PENTAX67+SMC90mm f/2.8 Tri-X
(国鉄末期の北上線で貨物を牽引してのはA寒地フル装備の半重連形でした)

Jul.1986 北上機関区 DD51-569と後方561(共に半重連形) PENTAX67+SMC90mm f/2.8 Tri-X
(北上機関区の半重連形はJRに引き継がれず全機廃車となりました)

Jul.1986 北上線 陸中大橋〜陸中川尻 DD51-570 迂回あけぼの3号 PENTAX67+SMC165mm f/2.8 Tri-X
(国鉄末期の奇跡!ヘッドマークを掲げ北上線を疾走するDD51迂回あけぼの3号)

Jun.1986 北上機関区 DD51-570(半重連形) あけぼの PENTAX67+SMC90mm f/2.8 Tri-X
(大役を終え北上機関区に戻った570号機を機関区のご厚意で撮影させてもらいました)

Aug.1985 石勝線 南清水沢〜沼ノ沢 DD51-573 石炭専貨5680レ PENTAX67+SMC150mm f/2.8 Tri-X
(573号機は九州、山陰、北海道と渡り歩いた経歴のある半重連形でした)

Aug.1985 釧路駅構内留置線 DD51-577(半重連形) PENTAX67+SMC200mm f/4 Tri-X
(釧路駅構内に留置されていた半重連形もJR化を前に全機廃車となりました)
半重連形のDD51(560-579号機篇) 2026.7/8】
 半重連形DD51における栄光の時代は、九州や東北地方でヘッドマークを掲げブルトレを牽引していた時代だと思いますが、特にA寒地フル装備の半重連形が牽引する「日本海、あけぼの、ゆうづる、はくつる」は私にとって垂涎の列車です。
 夢が叶うならA寒地フル装備の半重連形が牽引するヘッドマーク付ブルトレを撮影してみたいという気持ちはあるものの、そのような機関車が生き残っている線区にブルトレは走っておらず、もはや過去の夢物語かと思っていた国鉄末期の1986年、何と「あけぼの」が奥羽本線の橋梁工事による影響で7月2日から3日にかけ上下各2本が北上線を迂回するという情報が入りました。当時の北上線には貨物列車の牽引用にA寒地フル装備の半重連形DD51が4両程度残っており、迂回「あけぼの」を牽引する可能性は濃厚です。もし、この迂回「あけぼの」にヘッドマークが装着されれば夢の列車が再現できます。
 最初で最後のチャンスになることは必至!そこで、私が所属している全国組織の鉄道趣味団体であるRSECの会員が盛岡鉄道管理局と何度も交渉し、国鉄末期でもあることから特別に営業運転のブルトレにRSECで製作した「あけぼの」ヘッドマークを迂9003レに装着する許可を勝ち取りました。これはRSECが過去に何度も自作のヘッドマークを掲げた列車を事故無く成功させている実績と別途製作したDD51用ヘッドマークステーの強度も認められたからです。団臨などのイベント列車ではなく、営業列車のブルトレに鉄道趣味団体製作のヘッドマークを掲げる許可を下された盛岡鉄道管理局及び北上機関区の幹部の方々には頭が下がる思いです。
 当然ながら情報網が発達していない当時では「あけぼの」がDD51牽引で北上線を迂回することなどほとんど知られておらず、ましてやヘッドマークを迂回「あけぼの3号」に装着するなど身内以外は知る由もありません。その結果、運転当日は早朝かつ平日でもあったことからRSECでも参戦したのは6名と少なく、他のマニアも沿線で1名見かけただけだったので相当レアな列車だったと思います。また、北上機関区のご厚意で、単機回送で機関区に戻ったDD51-570号機を撮影しやすい場所にヘッドマーク付のまま待機させ、我々のために撮影会まで実施しれくれました。私にとって半重連形の思い出はこの570号機「あけぼの」ヘッドマーク付が一番です。

No-158 半重連形のDD51 PART-5(540-559号機)
Aug.1985 旭川機関区 DD51-550と549(共に半重連形) PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(この550号機は小樽築港機関区のカマのようにスピーカーが装着されていた)

Jan.1984 亀山機関区 DD51-554(半重連形) PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(美濃太田機関区から転属してきたカマで、運用に就いた姿を見たことがありません)

Mar.1982 稲沢線 名古屋駅 DD51-556(非重連形) PENTAX K2+SMC300mm f/4 Tri-X
(珍しくも名古屋駅に姿を現した美濃太田機関区のA寒地フル装備556号機)

Sep.1984 美濃太田機関区 DD51-557(半重連形)とDD16-16 MAMIYA PRESS+SEKOR127mm f/4.7 Tri-X
(豪雪地帯を走る高山本線用のDD51はA寒地フル装備で最高でした)

Sep.1984 美濃太田機関区 DD51-558と後方591(共に半重連形) MAMIYA PRESS+SEKOR127mm f/4.7 Tri-X
(美濃太田機関区の半重連形はJRに移行されることなく全機廃車となりました)

Aug.1985 五稜郭機関区 DD51-559(半重連形) PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(1985年3月の統合により五稜郭配置となった元長万部機関区の559号機)
半重連形のDD51(540-559号機篇) 2026.6/27】
 DD51半重連形特集は501号機から10両刻みで紹介してきましたが、なぜか540番号代の写真が見つからず、デジタル化済のネガで唯一記録されていたのが549号機のみでした。もしかしたらデジタル化していない最後のネガケース(35mm版が100本ぐらい)に撮影したカットがあるかもしれませんが、現状では見つからないので今回は540号機から559号機まで20両刻みにさせていただきます。
 この番号帯は何と言っても地元の東海地方で唯一A寒地フル装備の半重連形DD51を配置していた美濃太田機関区で、前回紹介した亀山機関区の半重連形とはカッコよさが全く違います。DD51でもスノープラウや旋回窓付は珍しくありませんが、プロテクターまで装着されたA寒地フル装備は全国的にも数が少なく、特に半重連形となると非常に貴重な存在でした。私はこの半重連形のA寒地フル装備が一番好き(五稜郭機関区の三つ目は別格)で、美濃太田機関区の半重連形DD51は一般形に見慣れた私には憧れの存在でした。
 記憶では高山本線でも坂祝のセメント工場までの運用は稲沢機関区の一般形DD51で、奥地に入る貨物列車が美濃太田機関区のカマ限定だったと思います。国鉄末期にはユーロライナーが登場し、冬季の高山本線を考慮して美濃太田機関区の半重連形最終機である592号機が初代ユーロ指定機となりファンを驚かせたものの、半重連形はJRに引き継がれなかったので短命に終わりました。二代目791号機や三代目1037号機は撮影しているが初代の592号機を撮影していないファンはかなり多いと思われます。

No-157 半重連形のDD51 PART-4(530-539号機)
Dec.1979 紀勢本線 一身田駅 DD51-531(非重連形) PENTAX K2+SMC135mm f/3.5 Tri-X
(既に旋回窓は外されているがブルトレ時代のヘッドマークステーは残っている)

Jun.1984 紀勢本線 下庄〜一身田 DD51-531(半重連形) 20系団臨 PENTAX67+SMC200mm f/4 Tri-X
(亀山機関区の半重連形で最後まで活躍した531号機が牽引する20系団臨)

Dec.1979 紀勢本線 一身田駅 DD51-536(非重連形) 遅1195レ PENTAX K2+SMC135mm f/3.5 Tri-X
(DF50牽引の127レを待っていたら突然やってきた遅延の1195レ貨物)

Dec.1985 浜田機関区 DD51-537(半重連形)と後方39号機 PENTAX67+SMC90mm f/2.8 Tri-X
(山陰本線の非重連形及び半重連形はJR化を前に全機引退しました)

Feb.1979 亀山機関区 DD51-538(非重連形)と1041(側面帯なし) PENTAX K2+SMC135mm f/3.5 Tri-X
(538号機もブルトレ時代のヘッドマークステー付で531号機と共に移転してきたカマ)

Mar.1980 亀山機関区 DD51-538(非重連形)とDF50-4(試作機) PENTAX K2+SMC135mm f/3.5 Tri-X
(保存に向けて回送待ちのDF50-4号機と並ぶDD51-538号機)
半重連形のDD51(530-539号機篇) 2026.6/7】
 DD51半重連形のPART-4は530号機から539号機の特集になりますが、この番号帯の半重連形は、私の地元である紀勢本線や関西線(西線)で活躍するDD51の基地であった亀山機関区にも数両が配置され、DF50が現役の時代から撮影しています。
 私の記憶では、1976年の時点で531と538号機は亀山機関区に転属してきており、共に東北地方でブルトレを牽引していた時代のヘッドマークステーが装着されていました。特に亀山機関区で最後まで活躍した半重連形の531号機に関して考察すると、1976年に関西線の加太駅で初めて撮影した写真(既出)を見ると、スノープラウこそ外されていますが旋回窓が装着されています。次に1979年頃になると旋回窓が外されており、最後に撮影した1984年ではヘッドマークステーも撤去されています。
 亀山機関区の半重連形は531と538号機が最初の配置で、その後にDF50置き換えを見据え518や536号機、さらに507や554号機など転入してきました。中には亀山機関区に配置されたものの走行する姿を一度も見たことがなく廃車になった半重連形もあり、1984年7月に運用を離脱した531号機を最後に亀山機関区の半重連形は消滅しました。
 最後まで孤軍奮闘した531号機については、引退間際の1984年6月に団臨で紀勢本線から参宮線に入った20系寝台車を牽引し最後の花道を飾りました。これら亀山機関区に配属された半重連形の大半が山形機関区など東北地方で活躍したカマで、531と538号機は日本海・ゆうづる・あけぼの・はくつるのヘッドマークを掲げ活躍した経歴を持つ栄光の半重連形です。

No-156 半重連形のDD51 PART-3(520-529号機)
Aug.1985 釧路駅構内留置線 DD51-526(半重連形) PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(釧路機関区のDD51は過酷な自然環境から塗装劣化の激しいカマが多かった)

Aug.1985 釧路駅構内留置線 DD51-526(半重連形) PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(1両のDE10を除く他のDD51は全て釧路機関区の半重連形です)

Aug.1985 根室本線 帯広駅 DD51-527(半重連形) 5497レ PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(釧路機関区の半重連形で508号機及び573号機と共に生き残っていた527号機)
半重連形のDD51(520-529号機篇) 2026.5/10】
 DD51半重連形のPART-3は520号機から529号機とし写真を探してみましたが、この10両の番号帯に入るカマの撮影記録は少なく、1985年に北海道へ行った際に休車体の526号機と地上駅時代の帯広駅で貨物列車を牽引する現役の527号機を捉えた写真しかありません。おそらく釧路機関区にこの番号帯のDD51が末期に集まっていたと思いますので、釧路駅構内の留置線に繋がれた休車中のDD51の中にもこの番号帯の半重連形が他にいたかもしれません。撮影に適した両端以外のDD51は501号機と503号機しか撮影した記憶が無いので、今となっては全機撮影しておくべきでした。
 北海道の半重連形については、私が訪問した1985年8月の段階で現役機は根室本線を受け持つ釧路機関区の508号機・527号機・573号機のみで、休車体では釧路駅構内留置線で501から577号機までの番号に入る9両と五稜郭機関区の511号機と559号機(現役機?)の姿を見かけました。本来なら全廃が近い半重連形の稼働機中心に狙いたいところですが、この当時はまだ五稜郭機関区の三つ目(710・716・741・742・745号機)が5両とも全機現役だったので、3灯式ライト・スロープラウ・旋回窓・プロテクター・異形手摺・プレートナンバーとDD51ファン垂涎の重装備を施されたこちらの機関車が当然メインとなりますので、三つ目のDD51が運用に入らない根室本線や石勝線は数日しか滞在しなかったのが悔やまれます。特に旭川機関区に行った時も非重連形のDD51しか眼中になく機関区にいたDD51を全機撮影していません。かろうじて撮影したカットに547号機と550号機が写っていたので、他にも半重連形が居た可能性は高いです。

No-155 半重連形のDD51 PART-2(510-519号機)
Aug.1985 釧路駅構内留置線 DD51-510(半重連形) PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(釧路駅構内で留置中の半重連形の中に510号機も居ました)

Aug.1985 五稜郭機関区 DD51-511(半重連形) PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(1985年当時、五稜郭機関区の半重連形は511と559号機の2両のみでした)

Aug.1985 秋田機関区 DD51-515(半重連形) PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(男鹿線で活躍していた515号機も既に1号機や28号機と共に休車中でした)

Jun.1979 亀山機関区 DD51-518(非重連形) PENTAX K2+SMC135mm f/3.5 Tri-X
(山形機関区から転属直後は旋回窓を装着していましたが直ぐに外されました)
半重連形のDD51(510-519号機篇) 2026.4/12】
 DD51半重連形のPART-2は510号機から519号機とし写真を探してみましたが、走行写真のあったカマは亀山機関区時代の518号機のみで、1980年3月1日に運転された「DF50サヨナラ列車」と津駅で列車交換した127レ(DD51運用初日)を牽引したのも518号機(この時点で旋回窓は外されていました)でした。
 過去の写真を探すと、私がDD51の撮影を全国へ拡大した1985年頃において半重連形は既に風前の灯火で、亀山機関区の半重連形も既に全機が引退しており、鷲別、北上、美濃太田機関区に数両が稼働している状況でした。PART-1で紹介した鷲別機関区の508号機が1985年8月時点で現役だったのは奇跡だったかもしれません。
 紀勢本線からDF50引退後にDD51へ本格的に撮影をシフトしていたらもっと現役時代の半重連形を撮影できたと思いますが、四国にDF50がまだ残っていましたからDD51は眼中に無かったです。幸い、地元の紀勢本線で活躍した亀山機関区の半重連形は全機(507/518/531/536/538/554号機)ほか重連形トップ593号機の走行写真が残せているので、引き続きこのコーナーで紹介していきたいと思います。
 今思うと501〜519号機の中でスノープラウと旋回窓装着車は見ていますが、プロテクターを装着したカマは見ていません。1985年当時、五稜郭機関区のDD51は山線用にプロテクターを装着し三つ目のDD51はファン垂涎の機関車でしたが、半重連形の511と559号機にはプロテクターが非装着でした。しかしながら、北上機関区や美濃太田機関区の半重連形にはプロテクターが装着されていましたので、DD51ファンとして三つ目は別格として、やはりA寒地フル装備(プロテクター付)の半重連形が個人的には一番好きなDD51です。
 
No-154 半重連形のDD51 PART-1(501-509号機)
Aug.1985 釧路駅構内留置線 DD51-501(半重連形) PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(運用を離脱し釧路駅構内で留置中の半重連形トップナンバー501号機)

Aug.1985 釧路駅構内留置線 DD51-503(半重連形) PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(501号機の他に503号機も留置されていましたが502号機の姿は無かった)

Aug.1985 根室本線 音別〜尺別 DD51-508(半重連形) 1451レ PENTAX67+SMC150mm f/2.8 Tri-X
(奇跡的にも半重連形の初期車である508号機は現役で稼働していました)

Aug.1985 釧路駅構内留置線 DD51-509(半重連形) PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(釧路駅構内留置線には9両の半重連形DD51が留置されていました)
半重連形のDD51(501-509号機篇) 2026.3/21】
 DD51非重連形は勾配区間での重連運転に適さないため、1966年に重連総括制御装置を搭載したDD51-501号機が登場しました。本来は重連運転時に前位である本務機が次位を完全制御すべきですが、592号機までは半重連形と呼ばれ釣り合い引通し管を装備しておらず、本務機における単弁ブレーキで次位をコントロールできない仕様だったため、国鉄末期までに全機が引退しJRに引き継がれることはなかった。正に国鉄と共に生涯を終えた非重連形と同じ運命の機関車です。
 私はDD51の中でもこの半重連形DD51が大好きで、紀勢本線にDF50が現役だった頃から半重連形だけは意識して撮影していました。記憶では亀山機関区に配置された半重連形は507/518/531/536/538号機だったと思います。特にこれらの機関車は東北地方から転属してきたA寒地仕様の機関車で、スノープラウは外されていたものの旋回窓やブルトレ牽引用のヘッドマークステーを装着したまま温暖な紀勢本線や関西線で活躍していました。今思うと亀山機関区の倉庫にDD51のスノープラウが多数積まれていたのを見ており、転属時はA寒地フル装備だったと思われます。しかしながら、亀山機関区の半重連形も早期に廃車が始まり、最後まで残った531号機が離脱したのは1984年7月頃でした。
 一方、全国でも半重連形の廃車は1980年頃から急速に増え始め、そのトップナンバーである501号機だけは記録に残そうと留置情報があった釧路駅まで行きました。構内の留置線には501号機の他に503/509/510/527/577号機などの姿もありましたが、502号機と508号機の姿はなく、もう解体されたのかと思っていたら、何と根室本線で撮影中、濃い朝霧から飛び出してきた重連貨物の先頭に立つ機関車が508号機!まさか現役の初期車を撮影できるとは思っておらず非常に驚きました。この当時はデジタルではなく画像の確認は現像しないとできないため半信半疑でしたが間違いなく508号機でした。実はDF50の引退した紀勢本線で重連貨物の先頭に立つ507号機も撮影しているのですが、なぜかデジタル化したネガには見つからず、モノクロで唯一デジタル化していないケースに紛れ込んでいるのかもしれません。
 この半重連形は思い入れのある機関車なので501-509号機をPART-1とし、次回PART-2は510-529号機の記事を書きたい思います。

No-153 非重連形のDD51(2-53号機)
Mar.1985 東海道本線 山崎〜高槻 DD51廃回(8+7+10+17+6+5号機) PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(向日町運転所に疎開してた吹田第一機関区若番6両の廃車回送)

Aug.1985 秋田機関区 DD51-28(非重連形) PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(1号機と517号機に挟まれ秋田機関区にて留置中の28号機)

Aug.1985 旭川機関区 DD51-32(非重連形) PENTAX67+SMC200mm f/4 Tri-X
(北海道にも1980年代前半まで非重連形のDD51が活躍していました)

Sep.1980 東新潟機関区(車内から撮影) DD51-38(非重連形) PENTAX K2+SMC50mm f/1.4 Tri-X
(車内からDD14-3が見えたので撮影したところDD51-38がオマケで写っていました)

Dec.1985 浜田機関区 DD51-39(非重連形) PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(浜田機関区にて休車中の米子機関区39号機、後方は半重連形537号機)

Dec.1985 山陰本線 松崎〜倉吉 DD51-47(非重連形) 721レ PENTAX67+SMC150mm f/2.8 Tri-X
(当時、現役最若番だった米子機関区の47号機が牽引する旧型客車721レ)

Dec.1985 浜田機関区 DD51-51(非重連形) PENTAX67+SMC90mm f/2.8 Panatomic-X
(非重連形の中で「ゴイゴイ」と呼ばれファンに人気があった51号機)

Dec.1985 山陰本線 松崎〜倉吉DD51-53(非重連形) 523レ PENTAX67+SMC165mm f/2.8 Tri-X
(非重連形の最終機であり51号機と共に最後まで活躍した53号機)
【非重連形のDD51(2-53号機篇) 2026.2/11】
 No152で紹介した試作機ほどのインパクトはありませんが、2号機から53号機までは非重連形で、ジャンパ栓が無いシンプルな端梁が特徴です。特に2号機から21号機までは、1号機に合わせたラインの引き方を踏襲しており、正面のヘッドライトを結ぶラインがストレートで非常にカッコ悪いDD51でした。私は亀山機関区で岡山機関区から貸し出されていた4号機ほか吹田機関区の5号機など見ていますが、本当にカッコ悪く、DF50の現役時代には撮影する気になりませんでした。
 このデザインの悪さは国鉄でも認識していたのか、確か22号機(21号機は途中で修正)からその後に続くDD51のライン形状になったと思います。たかがライン、されどライン、ラインの引き方で印象が大きく変わることが実証された良い例です。逆に1号機はライトが丸目で量産機とは明らかに形状が違うので、ストレートラインでも問題なかったと思われます。
 そのような非重連形は車歴も古く運用区間も限られることから、1980年前後には大半のカマが運用から離脱し、最後まで活躍した米子機関区の47号機・51号機・53号機も1986年前半に退役しました。
 非重連形は数は少ないものの全国各地に配属され、比較的温暖な地域での活躍が目立ちましたが、極寒地の北海道においても非重連形が活躍していたのは注目すべきところです。配置は旭川機関区で主に根室本線で活躍していたと思いますが、29号を始めに45号機まで7両ぐらいいたと思います。私が1985年に北海道へDD51撮影ツアーに行った際、旭川機関区で4両の非重連形が綺麗な状態で留置されているのを目撃したので、80年代前半までは現役だったと思います。北海道の非重連形は写真がネット上に出てこないので、かなりレアな存在だと思います。

No-152 秋田機関区DD51-1試作機
Aug.1985 秋田機関区 DD51-1(試作機) PENTAX67+SMC200mm f/4 Tri-X
(試作機である1号機を見たくて北海道へ行く途中に秋田へ寄りました)

Aug.1985 秋田機関区 DD51-1(試作機) PENTAX67+SMC200mm f/4 Tri-X
(国鉄時代は機関区の事務所で名前を書けば自由に撮影ができました)

Aug.1985 秋田機関区 DD51-1(試作機) PENTAX67+SMC105mm f/2.4 Tri-X
(正面のライトだけでなくキャブの形状も量産機とは大きく異なっています)
【DD51-1試作機(秋田機関区) 2026.1/28】
 この鉄道写真雑記帳6はDD51の特集号とし、番号の若い順に特徴的なカマや思い出のカマを紹介していこうと思います。その栄えある最初の一台目は、DD51唯一の試作機であり2号機以降の量産型とは明らかに形状が異なるトップナンバーをご紹介します。
 DD51のトップナンバーが男鹿線で活躍しているのは知っていましたが、紀勢本線のDF50に熱中していた時代なのでDD51などに興味が無く、亀山からDF50が去っても四国へ行くのが先決だったので、DD51へようやく興味が移った1983年当時にはもうトップナンバーは引退していました。
 トップナンバーは1979年頃に引退したと本で見たので、もう廃車になったと思っていましたが、1985年発売の鉄道雑誌に秋田機関区で留置されている写真が掲載され、状態もまだ良さそうだったので、大学一年生の夏休みに北海道のDD51(特に五稜郭機関区の三つ目)撮影ツアーの予定を変更し、往路に遠回りではありますが、秋田に寄ってトップナンバーを撮影することにしました。
 今は開発され機関区の姿はありませんが、当時は秋田駅ホームの横に機関区があり、列車を降りると特徴的なトップナンバーの姿が遠くに見えたので、途中下車して機関区まで歩き、職員さんに挨拶をしてから機関区に入れていただきました。国鉄当時は機関区に帳面が置いてあって、ここに名前を書けばヘルメットを渡され撮影は自由にさせてもらえる良い時代でした。
 雑誌の情報どおり4台のDD51が連結される形で留置されており、手前から1号機+28号機+517号機+515号機でしたので、本命のトップナンバーと515号機は端なので撮影に大きな支障はありませんでしたが、中間の2両はサイドからしか撮影できずやや残念でした。他にも現役のEF81(出羽マーク付)やED75も機関区にいたので撮影しました。
 現在、トップナンバーは碓井鉄道文化村に保存されていますが、製造当時の茶色に戻され逆に別のカマのように思えます。やはり朱色の一般色時代のトップナンバーの方が数倍カッコいいと思いますが皆さんいかがですか?

No-151 DD51ブルトレ「出雲」回想
Dec.1985 山陰本線 浜田機関区 DD51-1122 出雲 PENTAX67+SMC90mm f/2.8 Tri-X
(出雲のヘッドマークも誇らしげに洗車を受けるDD51-1122)

Dec.1985 山陰本線 松崎〜倉吉 DD51-1120 2003レ 出雲3号(14系) PENTAX67+SMC200mm f/4 Tri-X
(お召し機1120号機が牽引する「出雲」、連結器に栄光の歴史が残る)

Oct.1985 山陰本線 中山口〜下市 DD51-1112 2003レ 出雲3号(14系) PENTAX67+SMC90mm f/2.8 Tri-X
(お召し列車運転当日の出雲、この時だけは出雲が主役ではない)

Jul.1986 山陰本線 松崎〜倉吉 DD51-1186 2001レ 出雲1号(24系) Canon A-1+NFD85mm f/1.8 Tri-X
(大学の合宿で宿泊していた旅館から抜け出して撮影した24系の出雲1号)
【雑記帳6スタート!DD51ブルトレ出雲 2026.1/10】
 仕事が忙しく関西線のDF200すら撮影に行けていない私ですが、いよいよ今年に還暦を迎えます。5歳から鉄道写真を始めていますので今年で55周年です。飽きずによく続けてきたものだと自分でも感心しています。
 さて、私の撮り鉄記録である鉄道写真雑記帳も6冊目に突中することになり、その一発目は皆さん大好きDD51のブルトレ出雲を回想することにしました。さすがにDD54時代の出雲は撮影していませんが、この時代はヘッドマークが装着されており20系だったので残念でなりません。このDD54は機関車トラブルが非常に多く、悲運の機関車として早々に全機引退し、続けてDF50も消滅したので山陰本線は早くからDD51の天下でした。
 そのようなDD51天国の山陰本線において、栄光の特急運用であるブルトレ出雲は華ではありますが、ヘッドマークの付かないブルトレは地元の紀勢本線を走っていた紀伊と何も変わりません。DD54時代のようにヘッドマークを装着してくれたら・・・と誰もが思っていたことでしょう。
 ところが、急展開したのが1984年の九州地区におけるブルトレヘッドマークの復活!主力のED76、非電化区間のDD51、さらには関門トンネル用のEF30やEF81にもヘッドマークが装着され、その後に全国へと派生し、翌1985年には山陰本線のDD51にも出雲のヘッドマークが装着されるようになりました。あと1年ぐらい早ければ紀伊にもヘッドマークが装着されていたかもしれないと思うと残念です。
 DD51の出雲にヘッドマークが復活したのは嬉しいことですが、赤色のDD51に同色のヘッドマークはイマイチで、ヘッドマークも通常の仕様ではなく厚みがない薄い看板タイプだったこともあり、後に登場するDD51重連(原色時代)の北斗星に比べると少々魅力に欠けます。しかしながら、この北斗星も登場から1年を待たずに牽引機がヘッドマークと同じ色味の北斗星カラーへ全機変更となり、こうなるとDD51原色の出雲の方が魅力増大で逆転です。
 2006年3月の列車廃止まで、ヘッドマーク復活から実に21年も走っていたことになり、多くのファンが撮影されたと思います。工臨や配給など小規模運転を追いかける今のファンにとっては夢の時代だったのではないでしょうか。

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